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猿田彦と巫女の舞

猿田彦と巫女の舞  由来と変遷

宇和津彦神社は、藩祖伊達秀宗治政の寛永九年、榊森(現在地)に移し祀られたが、正保年間に類焼するところとなり、慶安元年(1648)に新宮落成し遷座、今日に至っている。
 越えて翌二年、新営を祝って上下あげて盛大な祭りが催され、全氏子から祭礼ねりが繰り出されたが大工町(愛宕町)からは天童、巫女などを随えた猿田彦行列(大道神楽)が出て町々を浄め辻々で神楽を舞って、ねりの先導をつとめたとある。
 茲来、数多のねりが、籤引きで巡行の番を争ったが、猿田彦行列は天孫降臨の故事に則り、番外一番として常にその先導を賜った様子が、往時の祭礼絵巻に残されている。星霜三百有余年、行列の形態、装束などは、時代の移り変わりと共に変遷を重ねた。中略
 このねりでは、猿田彦に随う巫女が町々のおいて神楽を舞うのが特徴である。この神楽舞は四人の少女たちが白羽二重の舞衣(ちはや)をひるがえして舞う姿になぞらえて、鷺舞、または白鷺の舞と呼ばれている。後略



朝寝坊していたらトンとコトンの太鼓の音に


カメラだけ駆けつけ慌てて撮影したら


昨夜のままの設定でした。

猿田彦と巫女の舞由来


猿田彦と巫女の舞 (1)


猿田彦と巫女の舞 (2)

| 未分類 | 05:51 | コメント:6 | トラックバック:0 | TOP↑

COMMENT

一時衰退したものをこうして復活させて
今見事に蘇らせているって素晴らしいことですね。
地元の方のご苦労多々あったことでしょう。
晴れた空の下で子供たちの緊張したお顔が
とても清々しく感じます。

| aunt carrot | 2016/10/31 11:15 | URL | ≫

仕事で・・・

朝のお参り奉納、今年も行けませんでした。夜の撮影はやはり難しい。昼間なら、オートで・・・また叱られそうですが(笑い)いわれや言い伝えなど残さねばならないものが多いですね。さて、どうするのか?市民抜きではいけません。写真も同じですね。

| 鬼城 | 2016/10/31 12:26 | URL |

いい思い出

子供たちのこういう姿は
かわいくて良いですね
きっと親にとっても子供にとっても
いい思い出になりますね

| chibigon86 | 2016/10/31 21:06 | URL |

Re: タイトルなし

aunt carrotさんこんばんは。

お練りを維持してゆくのは大変なご苦労があることでしょう。
児童減少やら衣装の管理面の修復などなどお金もかかることだろうと思います。
親御さんには人気があるようです(笑)

| うわつ | 2016/10/31 21:32 | URL |

Re: 仕事で・・・

鬼城さんこんばんは。

私も遅刻しました~(笑)
行事は残さなければ消えてしまいますね~。

| うわつ | 2016/10/31 21:34 | URL |

Re: いい思い出

chibigon86さんこんばんは。

子供たちの晴れ姿を写真撮っていました。
良い記念になりますね~(^^)

| うわつ | 2016/10/31 21:36 | URL |















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