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稲積のあじさい

静かな棚田が広がる

大洲市稲積のあじさいに行って来ました。


以前は棚田に植えられていた花菖蒲でしたが

今はあじさいのほうが人気があるようです。

道が狭いので要注意です。
稲積 (1)


稲積 (3)


稲積 (2)


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内子の桜

内子の桜が咲いてると聞いたので行って来ました。

かなり電線が多いです。

内子の桜 (1)


内子の桜 (2)


内子の桜 (3)
内子町

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江ノ村の芝焼き

昨日のつづきです。

江ノ村 (4)


江ノ村 (5)

江ノ村はおなごし((女子衆)が火を消すので

カメラマンが多いのですが

急に芝焼きをすることになったので

カメラマンは少なかった。



「ベッピンに撮ったや~」と言われたけど

チト 難しい~?

江ノ村 (6)


江ノ村 (7)


江ノ村 (8)

「シバクかや~」

「こればぁ~燃えたら近寄れんきに~」


土佐のおなごしはおおらかで逞しい!

江ノ村 (10)
四万十市江ノ村

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耕して天に至る

遊子水荷浦の段畑は

先人たちが急傾斜地を開墾し割石を積みあげ

「耕して天に至る」と言われているだんだん畑です。

昔は狭い畑を耕して芋を作っていたそうですが

今はジャガイモを作っています。




東京で写真の勉強をしているという

ブロ友のチビゴンさん母娘を案内して

段々畑に行って来ました。



ジャガイモの葉は小さく もう少し先のほうが良かったようです。

耕して天に至る (1)


耕して天に至る (2)


耕して天に至る (3)


耕して天に至る (4)
宇和島市遊子

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表紙のこと

K先輩は毎日更新するブログのチェックが

朝の日課になっているらしい。


そして

「この表紙は奈良やろか~?」 と聞くので

「御槙の源地公園なんよ」 と言うと

しばらく見ていて


「おぉ~! 間違いない御槙や~」

「昨日祓川温泉に行ったから通った」 と 気がついたようです。

午前中だったからガスが出ていなかったとも



篠山から帰りの午後はガスが出ていました。

御槙風景 (1)


御槙風景 (2)
津島町御槙 11月26日撮影

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テザリング

いつもご訪問ありがとうございます。

モバイルパソコンでスマホのテザリングを使ってブログアップしていたのですが、利用数量になったら速度が物凄く遅くなり、画像アップ出来ませんので
しばらくブログ休みます。

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光芒

吉田からは九州も見えていました。

光芒が出てきれいでした。

吉田夕景 (1)


このあと

残念ながら綺麗な夕日ではなかったです。

吉田夕景 (2)
吉田町  11月4日 撮影

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竹原の町並み

行って見たかった竹原の町並みです。

国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている

町並みだからでしょうかゴミが見当たりません。

夜中に無人ロボットで清掃したのではないかと思うほど綺麗な町です。

竹原 (2)


マッサンの竹鶴酒造は大きな家でした。

竹原 (1)


竹原 (3)


竹原 (4)
竹原の町並み 10月7日 撮影

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岩湧寺の秋海棠

以前から行って見たいと思っていた岩湧寺の秋海棠です。


岩湧寺は、大宝年間(701~704)に、修験道の開祖 役小角(えんのおづぬ)が開基したお寺です。
山伏たちの修験道場として栄え、境内には本堂と多宝塔があります。
 本堂は、正面柱間三間、側面柱四間の規模で、屋根は宝形造、現在は銅板葺で、正面中央一間に向拝をつけ、周囲に縁をめぐらし、縁柱をたてる。様式的な点から考えて江戸時代初期のものと考えられる。
 多宝塔は、三間二層で、本尊の大日如来坐像とともに、国の重要文化財に指定されています。大日如来坐像は、桧材寄木造で像高88.7cm、金剛界像で智挙印を結び、平安時代末期の作と言われています。
 同じ塔内の愛染明王坐像は鎌倉時代の作で、市指定文化財です。現在はどちらの像も、堺市博物館に寄託されています。
河内長野市観光協会のHP抜粋


昨年から連れて行ってもらった

奈良の写友 I 本さんに秋海棠の咲く時期や

撮影時間を聞いて天候など打ち合わせをして行った

岩湧寺の秋海棠です。



雨後のガスを期待していたのですが

そんなに都合よくガスは出なかったです。


秋海棠と多宝塔

秋海棠


秋海棠


秋海棠
河内長野市 9月6日撮影

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泉が森から

九島大橋のイルミネーションが最終日の日

落石や悪路をもろともせず走ることが出来る

だんだんさんの車で泉が森に上がって来ました。




夕日の下まで伸びているのは佐田岬半島です。

泉が森から (1)


漁火がシケで揺れています。

宇和島夜景と九島大橋

泉が森から (2)




別府市の町灯りがサインの上は56号

オレンジの上奥に別府の町灯りが見えます。

泉が森から (3)
泉が森  8月31日撮影

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クマガイソウ

雨が降ったのでガスが出るのではないかと

次の日にも行ったのです。

予想通りガスが出ていました。

クマガイソウ


ヤマブキソウはガスが出ると光が届きにくいので

花が萎んでたので前日撮影したものです。

クマガイソウとヤマブキソウ


四国カッコウソウは四国の固有種だそうで

「愛媛県野生動植物の多様性の保全に関する条例」により

特定希少野生動植物に指定され、採取等が厳重に禁止されている。

そうです。

四国カッコウソウ
5月13日 撮影

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屏風岩の山桜

屏風岩の山桜です。

駐車場なので下には車が並んでいます。

いつもは駐車場管理人が居るのですが

この日は居なかったです。

屏風岩公苑の入山料は一人200円と書いてありました。

屏風岩 (1)


屏風岩 (2)


屏風岩 (3)


激写中の女性カメラマン

屏風岩 (4)
奈良県曽爾村屛風岩公苑  4月26日撮影

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二月堂お水取り

3月11日もお水取りに行って来ました。

5時過ぎにはかなりの人がいましたが

お堂の下は勾配がある芝生なのです。



お水取りが始まる前の後方です。

身動きできません。

お水取り (1)


1本目のお松明が上がって行きます。

お水取り (2)


1本目が上で回る頃に

2本目が上がって行きます。

お水取り (3)


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宇和津彦神社の枝垂れ梅です。


今年は花数が少ないようですが

色よく咲いています。

枝垂れ梅 (1)


枝垂れ梅 (2)

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マンモスと普通列車

15日の雪の日です。

伊予石城駅7時14分発の普通列車です。

1輌だろうという思っていたら

マンモスと列車 (1)


通学時間帯なので

ゆっくりだけど長かった~

マンモスと列車 (2)

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クリスマス

クリスマスなので

西予市野村のイルミネーションです。

クリスマス (1)


クリスマス (2)


カメラ内機能の多重をしてみました。

クリスマス (3)

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禅蔵寺

宇和島市津島町畑地にある禅蔵寺の

薬師堂が雨漏りしてるのでシートをかける準備してました。

来年度に茅葺屋根を吹き替えるのだそうです。

禅蔵寺 (2)


先日行って見たら

シートがかけられていました。

禅蔵寺 (1)

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遠征中

いつもは黒尊スーパー林道を通り

シカノコル経由で1時間足らずで行けるところが

通行止めになっているのでしかたなく遠回りです。


それでも黒尊渓谷に4回通いました。

大宮


黒尊渓谷

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四万十川

前日の雨で濁っているのではないかと思っていたら


蒼い四万十川でした。



四万十市口屋内の赤橋から上流風景です。

ここは透明度日本一の黒尊川が合流する所で

口屋内沈下橋が見えます。

四万十川 (1)


こちらは下流風景です。

四万十川 (2)

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猿田彦と巫女の舞

猿田彦と巫女の舞  由来と変遷

宇和津彦神社は、藩祖伊達秀宗治政の寛永九年、榊森(現在地)に移し祀られたが、正保年間に類焼するところとなり、慶安元年(1648)に新宮落成し遷座、今日に至っている。
 越えて翌二年、新営を祝って上下あげて盛大な祭りが催され、全氏子から祭礼ねりが繰り出されたが大工町(愛宕町)からは天童、巫女などを随えた猿田彦行列(大道神楽)が出て町々を浄め辻々で神楽を舞って、ねりの先導をつとめたとある。
 茲来、数多のねりが、籤引きで巡行の番を争ったが、猿田彦行列は天孫降臨の故事に則り、番外一番として常にその先導を賜った様子が、往時の祭礼絵巻に残されている。星霜三百有余年、行列の形態、装束などは、時代の移り変わりと共に変遷を重ねた。中略
 このねりでは、猿田彦に随う巫女が町々のおいて神楽を舞うのが特徴である。この神楽舞は四人の少女たちが白羽二重の舞衣(ちはや)をひるがえして舞う姿になぞらえて、鷺舞、または白鷺の舞と呼ばれている。後略



朝寝坊していたらトンとコトンの太鼓の音に


カメラだけ駆けつけ慌てて撮影したら


昨夜のままの設定でした。

猿田彦と巫女の舞由来


猿田彦と巫女の舞 (1)


猿田彦と巫女の舞 (2)

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